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Author:どうまえ
どうまえあやこ
絵本「三本足のロッキー」
絵本「すてねこポチとたまのおはなし」
エッセイ「本があるから、よりみちしよう」
の著者です。

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三角山文庫
三角山から四季のお便り
実話絵本『三本足のロッキー』を皆様に公開しまーすネ!
   *9月11 追記しまーすねー^^コビーしました。
[Yahoo! JAPAN{ヤフー ジャバン}の
「三角山文庫」で検索するとでてきまーすよ!]
なーんと!写真 《 三角山・大倉山・手稲山・他 いろいろ》 を見る価値ありでーす。^^
おみごとで、素晴らしい!^^
   『 里山遊人 札幌の自然で遊ぶ 』
里山遊人 が 三角山を拠点にした遊びの記録と 日々 感じたこと HP 札幌の自然で遊ぶ 番外編 ... 先ほど 三角山文庫の堂前先生よりメールを頂きました 童話の紹介です ... 今回 先生のブログ 三角山文庫 こちらに 童話「三本足のロッキー」が公開されました ...
blog.goo.ne.jp/sankakuyama2600  

8月29日の毎日新聞に掲載されてましたよ。
《毒物入り?バン》 散歩中の犬が食べ死ぬ。
・・・・と、
熊本で道路に置かれていた毒物入りとみられるバンを食べて死んだ・・・・
そうです。
「なぜ?こんなひどいことするんでしょうかね・・・・ねえ?。
犬好き・きらい・・・と
いろいろな方がいますよね」
もしか・・・して、嫌いな人がね
    《私達・飼い主のモラルに警告が・・・?犬好きの方々もこの裏の
    『大きな問題点を考えましょうか・』》
・・・・・・・犬・猫問題も考えて・・・・そんな『犬』の記事でネ。訴えているのね。
9月2日からオリエンテーション含めて六回の講座が
札幌市の総合生涯学習
「市民カレッジ」の秋のクラスが始まります。
その一つの
『 紙芝居作りをしてみませんか 』を担当します。
[かみしばい]から絵本になったんて゜すよ、ロッキーの話はネ。
    *今回、その私が書いた実話絵本
   『三本足のロッキー』を全文掲載しますね。
      絵は私が構図・下書きと描いてコンクールに応募したんですけどね、
      どうしても・・・゛犬のロッキー゛が描けなくてね、
      絵の仕上げを知人に手伝っていただきましたよ。

・・・・《 三本足のロッキー 》 著者 どうまえあやこ 出版社 碧天舎
    北海道青少年のための《 指定図書 》でもありますね。
  著作権 版権は どうまえあやこ です。
現在・出版社倒産で市場に流れていません。
(べージ数 多いですよ、最後まで読んでいただけますか?)

1, これは本当のお話です。
   北海道の札幌市に住んでいるロッキーという雑種犬のお話です。

2,ロッキーがどこで生まれたのかだれも分かりません。
  赤ちゃんの時、近くの公園に数ひきの子犬と
  捨てられていたのです。
  その子犬たちの中の一びきを、少年が家につれ
  て帰り、ミルクを飲ませてやりました。
  当時、ロッキーという映画があり、その映画の
  名前を取り、゛ロッキー゛と名づけたそうです。

3,「わたしね、ロッキーという名前なの。
  オス(男の子)じゃないよ
  メス(女の子)なのよ」
  お散歩していると「ラッキー。ラッキー」って
  呼ぶ声がするの。
  「えっ!? 私のこと?」
  「みんなはね、ロッキーという名でオスと思っているみたい」

4,ロッキーはレザーのお洋服を作っている会社で飼われていました。
  とてもおりこうでおとなしい犬です。
  会社の人たちに可愛がられ、毎日のお散歩も
  交代でしてくれました。
  「私、幸せだなあー」 と 目を細めてうれしそうです。

5,あるお休みの日、ロッキーは家族とドライブで、湖に遊びに行きました。
  ロッキーは車に乗るのが大好き!
  湖には、ほかにも犬を連れた人たちもたくさん来ていました。

6,湖の帰り道、ロッキーは後ろの席で子どもの
  ひざに抱かれながら、外をながめていました。
  「気持ちがいいなあ~、山や木がとんでいるよ」
  お天気も良く、だんだん車もスピードが出て
  きてしまいました。
  その時です。
  ドスンという音と共にキキーというブレーキの音。
  「どうしたのだろう?」

7,あっという間にロッキーは車の窓から外へ飛び出してしまったのてす。
  道路の穴にタイヤが入ってしまったようです。
  でも、車はすぐに止まれません。みんな「キャー」と
  おどろき、心配で胸はドキドキです。
  ロッキーの首輪にはリードが付いていたので
  車に引きずられてしまったのです。

8,ロッキーは?・・・・・・ロッキーは大丈夫!!
  みんなは「ロッキー・・・ロッキー」といいながらかけよりました。
  するとロッキーはむっくりと起き上がり、みんなは
  ホーッと胸をなでおろしました。

  何事もなかったように家に帰り着きました。
  あれっ!足のつま先をけがしているのかな?
  ロッキーがひっきりなしに足をなめているのです。
  「ロッキー痛いの?」

9,ロッキーを病院につれて行きました。
  お医者さんは「脱臼してますね、つま先のけがは壊疽(えそ)に
  なりかかっていますよ、すぐ手術して右手を取りましょう」というのです。
  みんなは「ロッキーがかわいそう」と涙を流しました。
  ゛壊疽゛というのは、キズ口からばい菌が入ってくさって、死んでしまう
  恐ろしい病気なのです。

10,ロッキーの痛々しい姿を見た家族のみんなは悲しみ、心も沈んで
   しまったのです。でも ロッキーはがんばりました。

   退院して家に戻ってきたロッキーは、みんなが心配して見守る中、
   なんと 三本足で歩きだしたではありませんか・・・・・・・
   がんばれロッキー!!
   ロッキーも 「なんだか私、変・・でも歩けるよ?」

11,そして、また今までと同じ普段の生活が始まったのでした。
   三本足のロッキーの歩き方は、首を振るようなビョンビョンとした、
   ちょっと、踊っているような・・・・・・。
    それから八年がたち、
   みんなに可愛がられてきたロッキーも十三歳になっていました。
   人間でいえば七十くらいのおばあちゃんです。

12,その頃、ロッキーは日がたつごとに元気がなくなり、おなかの下が
   大きくふくらんできたのです。
   これは大変!!
   急いで病院へ連れて行きました。
   すると先生はおなかの中におできができているので
   すぐ手術をしましょうと言い、入院することになりました。

13,次の日、病院へ様子を見に行くと、ロッキーはみんなをみて
   「早くおうちに帰りたいよ~」とさびしそうに泣いていました。
   ロッキー早くよくなってね!・・・・・・・
   そしてまたロッキーの大好きな車に乗ってドライブしょうね。

14,その後ロッキーを飼っていた会社がマンションに移ることになりました。
   そこでは犬を飼うことはできません。
   ロッキーはみんなとお別れしなければなりません。
   みんなとのお別れは寂しいですが、
   今度の新しい家族は、ロッキーのことをとても可愛がってめんどうを
   みてくれる人たちばかりです。

15,ロッキーは安心しました。食事のときも皆と一緒、どこへ行くにも一緒です。
   ロッキーは車に乗るのが大好きで、いつもママの赤い乗用車の助手席の
   窓に手をかけ、ご機嫌のボーズです。

16,家の近くに大きな公園があります。
   そこの公園は、飼い主につれられた犬たちがたくさん集まり、
   みんな仲良く遊びます。 ロッキーの姿を見つけ、
   その中の一びきが 「遊ぼうよ」 とかけよってきました。
   ロッキーは 「ワン・ワン」 と ほえるのです。
   「私は三本足だからみんなとは一緒に走れないのよ」
   と言っているかのように、仲間には入ろうとしませんでした。

17,ロッキーは人間が大好きです。
   特に子どもたちは大好きなんです。でも
   「お手!と言われると、どうしてよいのか分からなくなるの。
   ずーっと前には、とても上手にできたのに、・・・・・」と
   つぶやきます。
   ロッキーには お手 と言う言葉がありません。
   前足を出すことができないのですから・・・・・・・・・・。

18,散歩をしていると、通りすがりの人が不思議そうにロッキーを見て行くのです。
   「あの犬かわいそうね・・・・・」
   「あの足どうしたのかしら?」
   ヒソヒソと小声で話しながら通り過ぎて行く人や
   「がんばっているわね、名前はなんと言うの?」と
   はげましていく人もいます。

19,通りを走っている車もスビードをおとし、興味深げに
   「変な犬だなあ~」と走り去って行きます。
   「でも私は平気よ」とすました顔で、大好きなお散歩をつづけています。

20,おうちに帰るとロッキーはまっさきに階段をトコトコ上がっていきます。
   二階がロッキーのお部屋なんです。

21,ジャンプして自分のベッドに上がり、お気に入りのねこのぬいぐるみを
   枕にして眠るのが、ロッキーが一番ゆっくりできるところなのです。

22,ロッキーの住んでいる札幌の冬はとても寒く雪もたくさん降ります。
   「私冬が特にすきなの」と
   喜んで雪の中を転がって遊んでいたロッキーも今では二十歳
   (人間の歳にすると96歳ぐらい)の大おばあちゃん犬になりました。
   前ほど走る力もないロッキーですが
   「私がんばるよ!」と言うように三本足で、ビョコビョコと
   毎日お散歩をしています。
   そんな姿を、みんなも温かく見守るようになりました。
   「ガンバレー、ロッキー! 」
   「ロッキーがんばって!~ 」

23,毎朝・毎晩 元気にお散歩していたロッキーでしたが、
   ある日の夜なんだか様子がおかしいのです。
   クーン~~ー・・・と
   一声悲しそうな・・・・声をあげたのです。
   ロッキー、どこかぐあいが悪いの?・・・・・・
   ロッキーの体が震え(ふるえ)だしたのです。
   これは普通ではなさそうです。
   なにか大変なことが起こったようです。

24,すぐ病院へ連れていき手当てをしてもらったのです。
   次の日ロッキーは立とうとしてがんばっていました。
   首はひだりに曲がったままです。
   それでも何度も・・・何度も立とうとしているのですが、
   とうとうできませんでした。 ババやママの一生懸命の介護のかいもなく
   「私のこと長い間、可愛がってくれてどうもありがとう」と
   いうように、一週間後 
   眠るように天国へと旅たっていったのでした。
                                 終わり
   *三本足のロッキーのあとがき

 動物を飼うとき、飼い主も近所やまわりの方々に迷惑をかけていることを
忘れてはいけないと思います。
 ロッキーも初め。外の犬小屋にいました。
新聞配達の方、郵便屋さん、訪ねてくる方にも吠えていました。
人なつっこい反面、中型犬でしたので恐がる人もいたのです。
 私どもも、犬が高齢ということで甘やかし過ぎていると思っていました。
 動物好きな方も多い反面、動物アレルギーで犬が嫌いという方もいらっしゃいます。
私は
「人間と動物の共生が実現 」されることを願っています。

 これはただ犬好きの人の話ね、と思わないでくださいね。
 散歩しているとき、人がロッキーを好奇な眼差しで見ているのを
私は胸が痛いほど感じました。
慣れてきたら、尋ねたそうにしている人がいると
「事故で右足をとってしまったんですよ」と言えるようになりましたね。
 私は心の中で障害者や高齢者の方々の気持ちを
どれほど理解していたか疑わしくなっていました。
以来、『同情だけでなく労わりの気持ちで普通に接して』と
声を大にして訴えています。

 三本足のロッキー制作中は、ロッキーはまだ元気でいました。
それで。この絵本の場面は雪の中で転がって遊んでいる、
『ガンバレー~~ロッキー!』
『ロッキーがんばって!』で終わっていたのです。
 実話ですので、制作終了後、急変した部分はあとから
付け加えました。
 てんかん?のようでしたが一週間後の夜八時半、
横になったロッキーの波打っていた心臓が静かになり、
眠ったのかなと思っていましたが目を開けたまま息絶えてしまいました。

 紙芝居や作品展を見ての感想をお寄せくださった皆様には心からお礼を申し上げます。
そして、お手伝いしてくださったボランテイアの方々ありがとうございました。
 絵を担当してくださった「いしぐろのりこ」さんが、私の希望どおりの真実味を込めた
リアルな絵を描いてくださりうれしく思いました。
 紙芝居で札幌市内の皆様方に三本足のロッキーを見ていただいていますが
今度は全国の皆様に絵本で会ってもらえることを嬉しく思います。
犬や猫、他の動物たちについて考えるきっかけとしていたたければ幸いです。
                               著者 どうまえあやこ
    2004年3月20日 [初版 第一刷 発行]
    2004年3月27日 [初版 第二刷 発行]
第14回 けんぶち絵本の里大賞 《 びばからす賞 》受賞作品 [三本足のロッキー]
    2004年10月20日 新装版 [初版 第一刷 発行]
    2005年 4月20日 新装版 [初版 第二刷 発行]
        増刷中でしたが残念ながら、碧天舎が倒産でストップ
          「大変、人情にあつい 最高の出版社・編集者でしたね。感謝です。
          この本のブロデューサーや著作権管理局の励まし・応援、そして
          営業の方々・社員の皆様のお力添え心からお礼を申し上げます。
          ありがとうー、ありがとう~。残念無念でーすねー・・・・」
・・・・・・・*重ねて、お願いでーす!!
[どうまえあやこ] で 『検索すると、』
   実話絵本 『すてねこボチとたまのおはなし』《出版社 碧天舎) と
   次回出版予定の
   実話・児童書 『たいせつな家族』 も 出てきます。
   お時間ある時に開いて見てくださると、なお うれしいでーす。
   シリーズでーすね。

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甲子園・高校野球、よくぞやったー゛゛よ!日本文理高校準優勝!
高校野球でね、
またまた・・・『夢』はかなう・・・を
実践・結果につなげた新潟県の野球球児のみなさーん^^!
『 あ・り・が・と・うー 』と声を大にして言いたーい!
新潟県は出場してもね一回戦で敗退か二回戦にいけたらオーケーと?
「絶対 勝てない の弱いチームと思われて・・・・」
それが・・・それが、ようやく
《 結果 》に結びつき
「努力はかならず実る」を全国の皆さんに
《 勇気・希望・努力・継続・・・》を示してね、
北海道からも
甲子園優勝をもたらし
もう・・・
「 雪国は よ・わ・い・ 」を返上しましょう・・・・
・・・・・9回表から、もう反撃が・・・・
一点差まで追いついたんですけどね、
残念ながら
10対9
中京大中京高校に優勝をゆずりましたがね、
新潟県根性の 《忍耐 で打ち、私達の心も 打った!~~》
・・・・・
私の父も 野球で選手、兄も中学の時、野球でキャッチャー
甥も高校球児として
新潟県の長岡市でね、
「甲子園への夢を追ってがんばっているみなさーん」へ
感謝と汗にぎる感激をありがとうー、ありがとうー。
大井道夫監督の
「たまげたねえ。驚いた」を
繰り返した言葉に
あーあー
久しぶりかなー・・・
新潟弁?( 長岡弁 )を、ねえー~~
北海道の市立小学校の2学期は始まっていますよ。
本州は今月いっぱいは夏休みですねー。
北海道の始業式は8月19日が始業式てしたね。
短いですが
冬休みは1月20日ぐらいまでありますから
トータルすると休みの期間いっしょなのかしらねー?
生徒のみなさん、
大きな紙袋さげて、登校していましたけど
多分、あれは・・・
夏休みの《自由研究》かしらねえ。
そういえば・・・以前
山の手小学校の生徒の方が
《手作り布の絵本を自由課題で作っていた女のお子さんいましたねー。》
それぞれの・・・夏休みの思い出を胸に秘めて・・・ね。
私の小・中学時代の美智子ちゃんからメールが・・・

綾子ちゃんへ

メールありがとう。私もいつも滞在型(山もスキーもダイビングも)です。スイスも一ヶ所のホテルに一週間~10日泊まって、毎年2~3ヶ所 に行っています。
今年はツェルマットの隣の谷の「サースフェー」とグリンデルワルトの近くの「ミューレン」に滞在しました。人が沢山行く所は最近は避けて静かな所を選んでいます。
・・・・・・・
まだまだメールのやりとりがあるんですけどねー・・・・
ご主人のお仕事の関係で
海外生活長かったんですよね、
現在は東京にお住まいですが。
彼女が「山登りやダイビング」をするなんて・・・
昔を知っている私にしたら
天と地がひっくり返りそうなんですよ。
美人で優秀、みんなのあこがれの人。
体育は苦手そーに見えたんですけどねー{ごめんなさーい、}
分からないものですよねー・・・
どちらかと言えば
私は運動神経はいいほうでしたが
今じゃー
山やダイビング・・・は、と・ん・で・も・なーい・・・
スポーツは
テレビ観戦専門でーすよ。
あーあー
そのうち、足腰たたなくなったら、どうしょう・・・
急に、心配になってきましたよー。
自家用車がボンコツで
さいわいっていうか・・・
お買い物も歩いてねー・・・・
海外もいいわねー
みなさん、いろいろな人生がね。
    *7月25日のプログ「初めて食べたもんじゃ焼・・・・」の欄に
     Mr、ミヤカワと一緒の写真掲載
     見てくださーい!^^ネ。



《江戸東京博物館》で東京在住の娘とゆったりとした時間が流れて・・・・
今年の夏は二回札幌と東京を往復したんですね。
・・・と、わけは・・・ね。
父の一周忌は以前から分かっていましたね、
突然、大学時代の放送研究会の同期の幹事の方からね、
「・・・君(くん)の三回忌です。それと、恒例の《暑気払い》と
開催出来なかった《新年会》と《去年の忘年会》をやるけど
札幌に帰ってまたすぐだけど
東京に再度出て来れる?」と携帯に
「無理だわね。皆さんによろしく伝えてね。」と、そして・・・・・
同期の女性の方にメールしたのね、
すると
「今、秋田・青森を旅しています。白神山地です・・・」
私はビックリ仰天しましたよ。
理由はね?
彼女は《2年前の同期が亡くなった゛偲ぶ会の時は
首が動かせなくて、身体も寝起きできなくて
人の手助けでようやく・・・》と、
その時は欠席で
ずーっと気にかかり、案じていたものですから
゛今、山です゛の返信に
驚きもものき・・・でしたよ。
そして・・・
「綾ちゃんがいつも言っているように
出来る時はする・・・よ。
最後の山登りと思ってネ、もういい歳だしねー?」とね。
なんやかんやで
急に東京に再度行くことに、
そして、泊まった゛ビジネスホテル・サンネックス船堀゛から
(札幌と東京往復の飛行機とホテルのバックでリーズナブル)
娘に突然、電話してね、
{私はいつーも、その時の様子で・・・・・
よく言えば?臨機応変。はっきり言えば、わ・が・ま・ま・なーり。}
船堀駅で待ち合わせてね、
船堀駅前の
《タワーホールの最上階の展望台に、360度見渡せ素晴らしい!^^
デイズニーランドも見えてねー!》
その足で
両国の《江戸東京博物館をのぞいたのね^^》
むかし、や、レトロが好きな私にとって
ひろーい、ひろーい 建物の中で
む・か・し・・・の東京(江戸)と現在・・・に
思いをはせて
このような場所を好きですねー、私はね。
3時間ぐらいの間でしたが
「ママ、大丈夫?気をつけてねー・・・」と
思いやる娘に
「あーあー~~やさしいよなー」 このいたわりが・・・
短い時間の親子の出会いでしたが・・・
ありがたいて゜すねー
感謝、でーすねー^^
{娘が郵送してきた写真の一枚をこのブログに入れてもらいましたよ!~~}
写真と一緒にメモが
      「 ままへ
         この間は会えてよかったです。
         短い時間でしたが
         ゆったりと楽しい時間を過ごせました。
         写真をおくります。
           体を大事にしてくださいね
                           瑞穂より 」
「三角山文庫」の寺子屋塾の先生として《中三・受験生担当家庭教師》として
札幌に帰った時には大助かりした、 どうまえみずほ 先生でもありますよ~~


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長岡から出前紙芝居で行った南魚沼を通り過ぎて岐阜へと私の旅はつづく
7月の父の一周忌を済ませた日には
夕方、上越新幹線で東京に出て、ホテルに泊まり
翌日の東海道新幹線で初めての岐阜へ行ったのね。
長岡駅で岐阜へのお土産にと
゛愛・天地人゛のおまんじゅうと゛八海山のお酒゛を買ってね。
2009年大河ドラマ「天地人」
直江兼続が生まれた、南魚沼市、
《心~愛と義を貫いた兼続の「故郷」》
と、パンフレットにね。
新幹線が五日町駅や六日町駅を通り過ぎたとき、
恩師 田邊辰雄先生と一緒に廻った出前紙芝居でね、
魚沼市や南魚沼市の
保育園・幼稚園・小学校・ケアハウスの方々の笑顔を
思い出してね・・・・
田邊先生が作曲された「魚野川」の譜面入りの石碑が
銭淵公園に建立していてね、誇りにおもう知名人でいらしゃいます。
・・・・そんなこと、昨日のごとく思い出して・・・・
翌日は岐阜へ
予備知識なく岐阜駅に下り立ったのね
《金華山のふもとのかやぶき屋根の珈琲店 じゅらく》を訪ねて。
六月に札幌に講演にいらした青山さんが経営なされて、
ガールスカウトの先生の林さんが
自家用車で岐阜公園内の
名和昆虫博物館や
岐阜市歴史博物館に案内してくださって、
ちょうど、特別展
『没50年 魯山人の宇宙』の最終日でしたよ。
「食器は料理のきもの」と名言を残した
北大路魯山人の陶芸。
料理の世界に才能を発揮し
料理を彩る陶磁器に関心を持ち、
40代から陶芸を始めたんですねー・・・
そして、その日泊まったホテルは
 アルモニーテラッセウエデイングホテル
「長良川と金華山に抱かれた心に残るホテル」
と、パンフレットに
日本料理 松風庵の
3周年記念特別会席と
泊まったお部屋が8階スイートルームで
ビックリ、一人で泊まるのが残念・・と、
大浴場もあり、特別期間なのかスゴーく、リーズナブルでね。
また絶対泊まりたいホテルの一つとなりましたねー~~
長良川は鵜飼で有名ですよね。
あっ・・そう・・・
新幹線、のぞみ で乗り換えた名古屋駅で思い出すことが・・・
大学4年の就職試験で
東海ラジオ受験以来でしたよ。
みごと、落ちましたけどね。
と、はーい^^オチ で・・・・

本州を見直すキッカケとなる私の旅のつづきが・・・
今回の父の一周忌でね、
本州に行って見て、《日本の良さを改めて心にきざんだ旅》
でもありましたよ。
そんな旅のことを、私は《本》に書いているんですねーえー・・・
今から六年前にもなるんですねー・・・
自著「本があるから、よりみちしょう」を書いたのは、
2003年8月20日[初版第一刷]
2006年2月15日[初版第二刷]
・・・・ちょっと抜粋してみますよ、
おつきあいのほどを・・・・
本のベージ 174
   *実母亡き後、長岡の高齢の父も寂しいんじゃないかと、
年に何回か故郷へ帰り、
助手席の父の案内で私が運転し、
新潟県湯沢町の湯沢温泉
《「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」で有名な
川端康成の小説『雪国』の舞台となった所》、
弥彦村の弥彦神社、
良寛様の出生地である出雲崎町、
富山県魚津市の金太郎温泉、
福島県会津若松市の白虎隊で有名な鶴ケ城や
東山温泉、
二本松市の菊人形と行きました。
初めての遠出でしたが、
さすが日本海、トンネルの多さは恐いくらいでした。
 新潟の十八年間は゛井の中の蛙でした。
本州を車で走っていますと、
日本って長い国だとひとり感心します。
北海道も最高ですが、
本州は本州の良さがありますね。
山の形が違います.(遠くから見ると木の種類でわかります。)
 父が元気なうちに一緒に旅をしようと思っています。
ちょっと道を間違うと
「道は必ずつづいているから」が
口癖で、
「いつまでも有ると思うな親と金。無いと思うな運と災難だからね」と、
私はよく言われています。
故郷は遠きにありて思うもの、
まさにその通りです。
・・・・・・・etc・・・と書いていたんですねえ・・・
著書には書いていませんが、その後は
長岡市内の悠久山(お山)の桜や
成願寺温泉(中越地震で壊れ、閉鎖と聞きましたが・・)
柏崎、寺泊、出雲崎の海。
新潟県の蓬平温泉(中越地震で全壊して・・みごとに復興したんですねー^^)
月岡温泉、十日町を通り過ぎて津南のリゾート温泉、
以前は
群馬県の水上温泉、長野県の野尻湖の温泉、江ノ島・鎌倉・成田山・・
まだまだ多くの温泉地に父と一緒に行ったんですねー
昔、父と初めて訪れた温泉地が
小学校の頃、スキーで行ってね^^
越後湯沢でね、
その頃「広川旅館」だったかしらねー《岩の露天ぶろが楽しくて》
あっつ!そうかー、それで、私は《露天ぶろ大好き人間に・・・幼少が大事?かなー》
ホテル「イナモト」もなつかしいわー
「高半ホテル、川端康成が《雪国》を書いたお部屋がそのまま残されて
見ることできますよ」
父の晩年は
越後湯沢の「湯沢グランドホテル」が定宿?でしたよ。
5階のエレベータの前の部屋がね。
マイカーを湯沢グランドホテルの玄関に横づけすると
「札幌ナンバーだわ」と
お客様お迎えの女将さんがおっしゃった言葉が
耳に残ってね。
「はい、札幌からわざわざ?来ました・・・」わざわざ、は余計でしたねー・・・
確か「本を書かれてね、売店にならんでいましたよ」
たまには違うホテルにと、
NASPAニューオオタニ《父はリゾートホテルも好きでしたね》
湯沢ニューオオタニにも泊まりましたよ。
なにしろ、旅行好きで
小学校の修学旅行さえついてきてね、
生徒たちの記念写真をバチバチ撮っていましたっけ・・・・
そんな・・・昔のこと思い出して・・・・
(私もいやに昔を忍んだりして・・・あぶない、あぶなーい・・注意しよっと・・・)